お侍様 小劇場 extra

     雪ゆき・こんこvv 〜寵猫抄より
 


 この冬はなかなかのくせ者で、地域にもよるがおおむね暖冬気味で降雪も少なめ…と思わせといて、クリスマスと共にとんでもない寒波が押し寄せて。これはご来光を見に行くのは大変だねとか、箱根の大学駅伝は雪催いかもとか、そんな心配させた割に、元日から三が日にかけてはとんと穏やかで。何だよ、やっぱり暖冬なんじゃないかと気が緩んだところへと、平野部でも積もるほどの久々の雪景色をもたらしたかと思えば、三月下旬並みという突拍子もない暖かさが来たりもしたもんだから。

 「妖異と、それを封じる陰陽師が、
  此処、日之本の上空で激しく争っておるのやも知れぬ。」
 「お、新しいシリーズの構想ですか?」

 彫の深い面差しや長々と延ばした蓬髪と並び、いかにも年経た知識人という、納まり返った風貌を構成している要素の一つ。顎のお髭をなでながら、もっともらしいお言いようをした勘兵衛へ、すかさずという合いの手が入ったものの、

 「勘弁してください、勘兵衛様。今 何本抱えているか御存知ですか?」

 こちらさんはそうそう単純に構えてられないらしい、金髪碧眼の美形秘書殿が、しょっぱそうなお顔になった。

 「? どしました、シチさん?」
 「いえね、つい先日の話なんですが、
  T社さんで連載している魔空界探偵シリーズに、
  S社さんのジュブナイルに連載中のお祓い高校生出しちゃって。」
 「……あらら。」

 推敲段階でさすがに気づいて大慌て。名前だけ差し替えても個性が立ってるキャラクターなだけに、判る人にはすぐ判るってんで、結局新しい登場人物をひねり出すやら、展開の土台から練り直すわで、とんだ二度手間だったんですよ…と。有能な版権秘書殿が、あんな騒ぎは二度と懲り懲りだ…というお顔をしたものの、

 「でも、それって実現していれば、読者には嬉しい演出だったでしょうね。」

 TでもSでもない別な出版社の編集部員の林田平八が、日頃からも細い目許をますます細め、くすすとそれは楽しそうに笑って見せる。そんな彼の言いようへ、他人事だと思って呑気なことを…と、優美で婀娜な切れ長の目許、ちょいと眇めた七郎次ではあったものの、

 「まあ…立場が違えば、私も同じこと思ったかもですかね。」

 せめて同じ出版社だったなら、何とか融通も利かせられたんでしょうけれど。そうでしょう? 何しろどっちも人気のシリーズものです。主人公も、片やは二十代後半の個性は強いが風貌は文句なしのイケメンで、片やはちょっぴり陰のある高校生の美少年ですもの、

 「腐女子のファンなら一も二もなく飛びついてる競演ですようvv」
 「あっはっは…っvv そりゃあ もっともだvv」

 つか、どっかのファンがこっそり送って来てましたよ、その二人が出て来る同人誌。ええ〜っ、そりゃまた大胆な…っと。林田くんにはお持たせの、菱屋の栗ようかんを摘まみつつ、のんびりのほのほ お茶を楽しんでいる、島田先生とその身内の皆様だったりするのだが。

 “……フジョシってなんだろ?”

 七郎次に手づから羊羹を食べさせてもらってた小さな仔猫が、笑い転げた二人を不思議そうに眺めつつ、きょとりと小首を傾げて見せる。

 “美味しいのかな?”

 でもでも しゅまだは むむうってお顔だ、好ゅきじゃないのかな? でも しゅまだは甘いの食べないから。そっか、シチが好ゅきな甘いものだ、きっとvv

  …なんて。

 そんなところへ帰着させ、林田さんが今度持って来てくれるのかも知れないなぁvvなどと。ご機嫌そうにお尻尾をくりんくりんと揺らしつつ、随分と頓珍漢なこと、思っていたりするのが。一緒に住まう勘兵衛や七郎次には、5歳そこそこの坊やに見える、久蔵という不思議な子供。ふくふくと柔らかい頬は、和菓子のぎゅうひか水蜜桃か。途中の関節に果たして意味があるのかと思えるほどに、まだまだ寸の足らない、か細い腕脚も可憐で愛らしいばかり。細い肩に薄い背中の、そりゃあちんまりとした小柄な坊やで。小さな野ばらの蕾のような、ツンと先の立った口許に取り残されてた栗のかけら、小さな舌出しえいえいと、懸命に取ろうとしている様が、何とも言えず かあいらしいと…。

 「…シチさん、いい年して口許に拳はよした方が。」
 「そうは言っても…。//////」

 あああ、こういう時がホントに歯痒い。仔猫の姿での口許ペロペロもそれなりに可愛いだろうけど、

 「あっ、とうとう前足上げましたね、口許がそんなに気になるのかなぁ。」

 そうとしか見えていない林田くんと違って、こちらの二人には、金の綿毛に潤んだ瞳の夢見るような風貌をした、そりゃあ可愛い幼子な久蔵くんだからして。指の付け根に小さなえくぼがあるような、羽二重餅みたいなふわふかなお手々の甲を擦りつけ。かあいい口許、惜しげもなく押し潰した頑是ない仕草がまた、得も言われずの愛くるしくて。その手について来た、小さな栗の粒を見て、にあvvと目許を細めての、さも嬉しそうに ぺろりと舐めて見せた日にゃあ、

 「〜〜〜〜。////////」
 「……落ち着け、七郎次。」

 人目がなかったら、身もだえしもってのダンダンダンと、床なりテーブルなり叩いているところ。ぎゅぎゅうっと握った拳を片方だけ、口許へ寄せる程度で済んでいるのは、これでも結構我慢した末のことだったりし。傍らにいた勘兵衛が こそり囁いてくれ、それで何とか興奮状態を押さえつつ、

 “あああ、感動ってものはやっぱり誰かと共感しなくちゃなあ。//////”

 久蔵の可憐な姿は、幸いにして勘兵衛にもそうと見えているので、この煮えるような萌えが未消化になってしまうようなことはないのだけれど。判ってくれる同志がいることのありがたみ、こんな形で実感しようとは、七郎次とて よもや思わなかった事態だったりし。

 「にあ?」

 指の思わぬ位置へとくっついて来た栗のかけらを、小さなお手々よりお顔の方を、あちこちから持ってっての何とかし、美味しかったとご満悦の笑顔になったそのまんま。かくり、かっくりこと、右へ左へ小首を傾げた小さな坊や。

 「? どした?」

 訊きながら坊やのほうばかりを向いていた七郎次とは違い、彼の視線のほうを追った林田くんが先に気がついたのが、

 「おお、雪ですよ、雪。」
 「おやおや。」

 寒いのが苦手な性分だからか、それはまた面倒なと、精悍なお顔を顰めてしまった勘兵衛なのへ、
「何か羽織るもの、持って来ましょうか?」
 こういうものは気のもので、体感温度まで下がった訳ではないながら、それでも寒気がしたかも知れぬと。気を利かせた七郎次が立ち上がりかかったそのお膝、横合いからきゅうと掴んだ感触があって。

  ―― え? と。

 そちらを見やった視野の中、頬を赤く染め、紅の双眸うるうると潤ませた小さな坊やが、心ここに在らずという態でいる。林田くんが見ている視野の中では、七郎次のお膝へ飛び上がった小さな仔猫が、やはり 呆然と言ってふさわしいほどの固まりようで、窓のほうばかりをじっと見据えており。

 「もしかして、初めて観るんじゃありませんか? 雪。」
 「あ………。」

 それほど雲が垂れ込めていたお天気でもなかったから、きっと他所で降ったのが流れて来た、一種の風花なんだろう。本当にちらりほらりという程度の、ささやかな降りようの雪だったけれど、それでも…宙を軽やかに舞う白いものが、仔猫の眸にはどのように映っているものか。

 「………あ。」

 ただただじぃっと眺めていたものが、やおらその身を弾ませ、窓までを駆け寄っていった久蔵だったので。これは間違いなく、雪を見ていての反応だろう。手鞠がてんてんと弾むような、まろぶような小走りが、林田には何とも愛らしく見えたに違いなく。そして、彼が坊やに見えている七郎次や勘兵衛の方は、窓のお外に視線を奪われたまんま、とたたたと覚束ない駆けようで窓辺へ向かった小さな坊やが、足元不如意から転びはせぬかとついつい腰を浮かしかけたほど。

 「にあvv」

 やはり初めて見た雪なのか、日頃は嫌がる冷たいガラスに、広げた手のひらペタリとくっつけ。おでこもコツンと擦り寄せて。ふわふわひらはら、軽やかに舞う花びらのような雪片を、興味津々、見つめておいで。薄く開いた口許といい、ぱかりと見開かれたまだまだ丸みの強い瞳といい。我を忘れての陶然と…紅の眸だけはきょときょとと揺らすその姿。いやもう、何と申しましょうか。

 「……そういう芸人さんがいましたねぇ。」

 愛らしい仔猫の様子より、それを見守りつつ、口許をぎゅうと押さえて目許を潤ませてる誰かさんの方が、よっぽど気になったらしい林田くん。

  惚れてまうやろ〜〜〜ってですか?
(笑)

 小さな小さな仔猫さん。自分の見せる一挙手一投足に、大人たちが振り回されているなんて知ったこっちゃあなく。

 「にあっ。」

 そりゃあはっきりと一声鳴いて、それから…小さなお手々で窓ガラスをパチパチと叩き始めた。ようよう見やれば、肩越しにこちらを振り向いてもおり、
「何なに? まさか表へ出たいって?」
 話の輪から身軽に立ってゆき、小さな家人のすぐ間際、屈んでやったのは やはり七郎次で。多少は弱まったとはいえ、まだまだ陽光も明るい窓辺。金の髪した二人が居並び、お顔を寄せ合い、曇り始めた窓越し、外を向いてる後ろ姿は、何とも神々しくて暖かな構図だなぁと、

 「……♪」

 島田せんせえ、ちょっぴり手前味噌な萌えに ほくそ笑んでおいで。とはいえ、
「あああ、判った判りましたってば。」
 ぺちぺちと、冷たいだろうに窓を叩いてのおねだりを続ける仔猫さんに、結局、根負けしちゃった秘書殿へは、

 『そうそう押しに弱くてどうするか』

 そんなお説を後から垂れたりするつもりでもあるらしかったが。そんな先生の感慨はともかくとして、窓辺では仔猫を相手にわざわざ言い聞かせる敏腕秘書のお兄さんだったりし。曰く、

 「その代わり、ケープ着ないとダメだからね。」
 「みゆ…。」

 彼らには自前の毛皮があって、夏と冬とで生え変わりもする立派な代物、それで十分暖かいらしいと、理屈の上では判らんでもないのだけれど。人の和子としての見目は、何ともシンプルな部屋着の上下を、それぞれ一枚のみという心許ない恰好の彼なので。近年流行の暖かい素材で作られた薄手のインナーと同じだと、そんな解釈をすればいいんだろうけれど、これもまた気持ちの問題でどうにも納得がいかないらしい七郎次であるらしく。上唇をちょこっと突き出し、下唇はぎゅっと噛んで。それってヤダなあという甘えたお顔になるのへと、
「〜〜〜、そんなお顔してもダメ。」
 実は…心がぐらつきかけたの、何とか持ち直し。傍らのスツールの上、畳まれてあった小さなケープを手にする。真っ赤なケープはボアの縁取りも愛らしく、見るからに暖かそうな逸品で。むむうと膨れる坊やの肩へ、くるり回して掛けてやり、ボンボンがついた紐を結わえてやれば、どこの王子様ですかというゴージャスないで立ちになってしまい、
「〜〜〜〜〜。」
 ご本人は随分と不服そうだが、眺めやる大人たちは揃いも揃って、可愛らしいだの眼福だのと、ひとしきり喜んでおいでで。

 「さあ、それじゃあ表へ行こうね。」

 自分もまた、ちょっぴりずぼらにもソファーの背へ引っ掛けてあった、普段着のブルゾンを素早く羽織った七郎次が。小さな坊やを腕へと抱え、サッシの錠を解いて、さあさとテラスへ踏み出せば、

 「にあっにあっvv」

 ひゅるるんと吹きつけた風の冷たさも何のその、薄い陽を受け、金色にも見えなくはない雪片の、それは優しい乱舞の中へまで進んでもらって。いい匂いのするお兄さんの懐ろでぬくぬくと暖まりつつも、すぐの間近になった冬空からの来訪者へと、小さな仔猫は赤い双眸をわくわくと、いやいやもはや爛々と輝かせており。

 「にゃっ!」
 「おおっ、鋭い一撃っ。」

 小さな腕をしゅっと繰り出し、捕まえようと挑んだものの。何と言っても小さなお手々だし、幼い身での“素早さ”にはまだまだ鋭さが足りなくて。ちょいちょい・ぴょいぴょいという、ちまっとしたちょっかいが何とも愛らしくて愛らしくて愛らしくて……vv
「みゅう?」
 あ、触れそうという間合いに伸ばされた手もありはしたが、そうなればなったで風圧にふわんと逃げるところが小憎らしい雪こんこ。残念届かないねぇと、よいよいよいと軽く揺すぶってあやしてやれば、ふわふかな綿毛のような髪の縁にくっついた雪が振り落とされて。それが視野の隅っこに躍ったのだろ、

 「にゃっ?」

 え?え? 何なに? 今の雪はどっから来たの?と、小さな頭をふりふりと振り回す。何でも関心を寄せる小さな坊や。ケープの間から腕を出し、抱っこしているお兄さんの肩口に小さな手をかけて。むくりと後足で立ち上がり、もっと触りたいのとお顔を高みへ上げたその途端、

  ―― ふわん、と舞い降りた大きめのひとひらが

 仰向いた坊やの、かわいらしい小鼻の上へ、狙ってもそうはいかないだろうに、ふわりと降り立った。

 「にゃあっ。」
 「あ…。」

 待望の雪がやっと来た。それでと喜んだかと思いきや……視野の下辺、何だか白いの、これなぁに? 見えるのだけれど焦点が合わないか、ふにゃい?と小首を傾げてしまう久蔵で。何とか見極めようとしてか、赤みの強い真ん丸なお眸々が、お鼻を目指しての真ん中へ寄ったものだから、

 「あ……。////////」

 うあぁ、勘弁して下さいと。あまりの愛らしさに…七郎次お兄さんのお顔が緩みまくったのは言うまでもなく。そして、

 「…勘兵衛様、とっとと窓閉めるなんて薄情じゃありませんか?」
 「寒いのだ、許せ。」

 今の見ました? テラスに向けて振り返った敏腕秘書殿の表情が。早々と閉ざされていた窓を見て…ちょいと尖ったのもまた、言うまでもなかったのでありました。





〜Fine〜 09.01.28.〜01.29.  素材をお借りしました 源氏のしっぽ サマヘ
  *最近、猫の素材を探すのが楽しいですvv


  *勢いづき過ぎな更新で すいまめ〜ん♪(おいこら)
   雪を見たらはしゃぐだろうなと思って書き始めたのに、
   書き始めた途端に、寒さが和らいだのはいつものことで。
   実際のお天気に間に合わなかったのがちょっと癪です。
   この暖かさも今週限りだとか。
   まだまだ寒さは続きます。
   三月頭のオンリーへのおゲンコ頑張ってる皆様、
   油断なさらず、ご自愛くださいませね?

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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